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2017年2月21日 (火)

東住吉・明治18年の地図と等高線

明治18年作製の当時の住吉区の地図です。ほとんど田畑、ところどころに集落が点在して、住宅が建て込んでいる現在からは想像できないですね。

さて皆さんはこれはどこかな、あれはどこかな、と思われることでしょう。

池が多いですよね。特に南北に長~いのがありますね。一部は埋め立てられましたが、その名のとおり「長池」です。旧シャープ本社のそばにあったのでよくご存じと思います。

また地名を見て下さい。今と同じならわかりますよね。例えば阿倍野村、北田邊村、南田邊村、、、では松原新田、猿山新田はいかがでしょう。現在は、松原は山坂町、猿山は西田辺に変わっています。3_906x1280_725x1024

さらに何が面白いかといいますと、等高線がはっきり描かれていて高低差がよくわかることです。

自転車で走っていますと若いときは気にもしなかったわずかな「坂道の感触」をペダルを漕ぎながら感じます。

下りになると、スーッと自然に走るので、「あ、下りや!」とわかりますね。赤いラインが標高10m、ブルーのラインが標高15mです。

松原新田のあたりが今の山坂町で、確か「第二上町台地」といわれていて、小高い丘状になっています。

一番右手の南北の黒いラインは駒川です。下のほうの小さな池の多いところは今の「長居公園」です。そういえば長居駅のあたりも寺岡村と言ってました。

第二上町台地を東から西に(今の針中野から鶴ヶ丘に向かって)自転車を漕ぐと、最後の登り坂はちょっとキツイ感じになります。

さらに西に向かうと上町台地の根元の部分です。ここの醍醐味は、赤と青の等高線が混み合う大地の西の崖、ですね。

何年か前に阿倍野や住吉を自転車散歩しましたが、相生通りや住吉大社の近くはものすごい断崖で自然のままに近い道路など、坂道愛好家には最高の高低差を味わえる場所だったです。

そんなこんなが地図上でよく分かる気がして、あえて昔の住吉区をご紹介しました。細かくて見にくいですがご容赦下さい。

なお、現在の鉄道や道路がどう走っているかなどは想像力で補いながらタイムトラベルして楽しんでくださいませ。

 

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