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2011年2月27日 (日)

平成の通り抜け・桜の植樹!

011 平成17年に呼びかけのあった「桜の会・平成の通り抜け」に賛同してかれこれ6年、ようやく昨日、幼木が育ち植樹が完了したとのうれしい知らせがやってきたので、さっそく現地に行ってきました。

「造幣局の桜の通り抜け」に隣接する毛馬、桜の宮から中之島一帯に1000本の桜を植え、市民のみんなで育んでいく「平成の通り抜け」をつくるというプランでした。

『大阪の街は「官」ではなく「民」の力で作られ育まれてきました。私たち自身の手で花と緑に包まれた大阪をつくっていきましょう。』呼びかけ人の一人が安藤忠雄さんやったことが大きいなぁ!015

うちのはちょうど中之島の東のほう、天神橋に近いところに植えてもらえました。まだまだ幼いのでこれから大きくなっていくのが楽しみ。花が咲くようになったら、お花見やら通り抜けができるのできっとうれしさ倍増ですね^^

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2011年2月25日 (金)

尾道1972年

1972_001 朝ドラの「てっぱん」も佳境に入ってきた。時折千光寺からの景色が映るので思い出し、探したらありました。山陽本線のカーブが印象的です。ロープウエイ、昔のゴンドラですね。

これは1972年やと思います、友人と二人で男子旅。尾道は細い坂道が楽しい。坂の途中の宿に泊まったなぁ。1972_002

カメラを片手に、SLとか、電気機関車とかをパチリ、そんなことが好きな時代でした。倉敷と尾道がだいたいセットで。1972_003

ただ、ほかにもあちこち旅してたので、機関車の写真は尾道ではないかもしれません。SL三重連の新見や出雲大社、金沢にも写真旅行してましたから。。

このときとは別に尾道に行ったことがあります。別の友人のふるさとやったので、商店街の中のお菓子屋さんを訪ねていったっけ。家族でしまなみ海道から松山~内子へ旅したときも立ち寄ったなぁ、尾道。尾道には最近住みつく若い子が増えてるってテレビで見たけど、その気持ちわかりますね。あの坂道にはまた行きたいな!

アレッ、坂道の写真が無い、フムムムムム・・・代わりといってはナニですが、風そよぐ車窓風景をひとつ^^さて誰でしょう?1972_004

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2011年2月24日 (木)

終着駅@天王寺

002 JR阪和線の夕刻の天王寺駅。ちょうど列車が入線前の少しの時間、大屋根がとても、とてもステキでした。

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2011年2月21日 (月)

ア・リトル・ビット・カフェ@浜寺公園前

002 浜寺に行くたびに気になっていた「ア・リトル・ビット・カフェ」によーやくいってきました。

旧26号線からちょいと路地の奥なもんでフツーは見つけられない。それに車はダメみたいで、近くから歩いて参りました。今日はコーヒーだけでしたが、店内にはランチタイムの女子グループが2組、晴れて暖かい昼下がりなのでテラスに1組、実にのどかな不思議カフェ。食事はイタリアンで、Yちゃんによればピッツアが美味しいみたい。もちろんパスタもグーだそうです。右は厨房で、テイクアウトでスタートし、あとから左の店棟ができたらしい。若いご夫婦でやっていて、活気ありますね^^003

見た目はアメリカンなたたずまいですが、イタリアンなんです^^地元の人たちに、ひっそりと愛されている、魅力的なお店でした。

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2011年2月20日 (日)

おチビちゃん陶芸

002 家に土を持って帰ってお正月におチビちゃんと作った作品の数々です。

幼稚園のSOちゃんは女の子らしく宝石箱のようなものがいいと、男の子のSKちゃんはお皿がいいと、そうYちゃんがお月様とお星様の箸置き作り、さっそくマネしたりして、男の子もオブジェみたいな箸置き2個作ったりして。。。

色は希望を聞いてつけました。こんなんでよかったかな?006 猫ちゃんカワイイな^^

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2011年2月19日 (土)

開高健 生誕80年展

003 開高健の回顧展(20日まで)が大阪なんばパークスで開催されていて、行ってきました。行ってよかった。東住吉区で育って「裸の王様」で芥川賞、その後の「パニック」「日本三文オペラ」など、楽しい作品を読んだことを思い出しました。ベトナム戦記のあと、世界を釣り歩いた「フィッシュ・オン」が特にインパクトあって、その頃の開高さんのライフスタイルが憧れになってた。

展示されていた思い出の品の中に、バンダナ、ルアー、ABUアンバサダー、ジッポーのライター、ダンヒルのパイプ、モンブラン万年筆、あれまー、何コレ?これは僕の持ち物なの?、自分に出会ってるんです、開高健さんの好きやったものが僕の中に、入りこんでる^^

好奇心旺盛な若い頃にシャワーみたいに浴びたものは、その後の行動に影響してるんやなぁ。そんなカケラをごそごそ探してきて、パチリしてみました。あげたりして、今はほんの少しになりましたけど、シンボリックな存在達です。002

同じ東住吉区出身の作家・筒井康隆さんは、子供時分を鶴ヶ丘・山坂町で過ごして、その当時のことを「不良少年の映画史」に書いています。このブログでも2010年4月15日から4回連続でアップしました。

開高健さんは、7歳から22歳まで北田辺に住んでいて、「破れた繭」の一節が書かれた文学碑が近鉄の駅にあります。数年前に写真撮っていたけど、アップはしてないな。回顧展に行って、あらためて開高健さんを見直しました。ある時期、僕の中に住んでたんやもんね、開高さん^^

そう、サントリーウイスキーのCMコピーも頭のどっかに残ってる。「人間らしくやりたいナ、トリスを飲んで、人間らしくやりたいナ」^^トリスでした。

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2011年2月16日 (水)

急須でお茶^^

010 また陶芸です。母親も器が好きなので、ぼくのをちょこちょこ使ってくれています。この焼締めの急須は2年くらい前ので、とても小さい。年なのでとにかく軽いの小さいのがいいと言います。かすみ透明の湯呑みも、軽いので合格しました。ほかに小さなご飯茶碗も、良かったみたい。ときどき親孝行してるってことで、、、すんまへ~ん^^

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2011年2月13日 (日)

マイ陶芸でスープ、お茶^^

023 最近の作陶は「白土にかすみ透明釉」一本なので、肌色にうっすら緑のかすみがかかった肌合い、ほかに何も特徴がない。でもそれがかえって飽きないし、どんな料理もお茶も合うからウレシイんですね。上のは大き目のカップなのでスープにちょうど良し!

ほうじ茶です。茶色がまた合うんやね。鶴ヶ丘の太鼓焼をおやつにしました^^002 ここで一句。「かすみ釉 器の底の指跡も 味わいつくすお茶のひととき」(おだまき)

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2011年2月12日 (土)

今日、味噌仕込みました^^

018_3 ふだんの料理は遠のいてしもたけど、こうゆう手作りはするんです。発酵し、熟成してできてゆくようなの、好きなのかな。家にある道具でできて、レシピや手順もカンタンなのもいいですね。駒川商店街でいつもの決まってる店で鶴の子大豆1Kgを買ってきて、きのうの夜から水に浸してありました。

だいたい2倍以上にふくらんできたら、こんどは火にかけます。沸騰したら弱火にしてグツグツ2時間くらいかな、豆を指ではさんで軽くつぶれたらOKですね。その間に、米麹500gと塩500gをボウルで混ぜて「塩きり麹」にしておきます。ただ混ぜるだけです・・・

さきほどの軟らかい大豆を、鍋の中で潰します。このときに粗ければ粗いなりに、細かければ細かい味噌になります。粒が残っていたらあまりパッとしないけど、どうしても少しは残りますね。

5年ほどの間にいろいろ試してきて、昨年からケーキ用の「バーミックス」を使ってます。おかげでスムースですね。5回くらいに分けて、筒鍋に立てた状態でバーミックスを回すとうまくゆきます。斜めやと豆の破片が飛び散って困りました^^019

漬物用のほうろう樽でもいいし、ふつうのバケツでもいいですが、大きなビニール袋を2枚ひいて大豆と塩きり麹を混ぜたものを詰めます。ビニール袋を閉じて、落とし蓋を置き、重石を乗せておきます。7月頃には味噌になってますね^^

そうそう、毎月1回くらいはチェックして、天地返ししておきます。カビ防止などもあって、いい味噌作りには欠かせない作業ですね^^夏の出来上がりがとても楽しみで~す^^

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2011年2月11日 (金)

マイカップでコーヒータイム^^

005 今日は雪ですね。大阪でつもったのは今年初めて!ツルンてこけないよう要注意ですね^^新作のカップでコーヒー飲むのはワクワクします^^カップを手に持って口をつけることがうれしい。もちろんコーヒーはおいしい。だんだん飲んでいって、底が見えてくることにも喜んでしまう。

自分の指跡が残ったカップの底・・・014

ささやかな楽しみ、器の味わいつくし~^^

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2011年2月10日 (木)

京都町中さんぽ ベスパ、お花、ゴーギャン、壁画

049_2 「月と六ペンス」を出て、二条通りをブラブラしてるとどこかで見た「INODA」の看板。有名な喫茶店の親戚かと見まがう同じロゴ?でもここはバイクのお店、ショーウインドーには鎮座ましますベスパが輝きを放っておりまする~^^面白いよな~京都!ところどことにある昔ながらの個性的なお店が光るのが京都やね。と、お花屋さん。ガラスの引き戸の向こうに春が満載みたい^^

051 昔京都に3年ほど勤務してた頃、町の中を動き回っててなんとなく知ってる光景のひとつ。こうゆうお花屋さん、ときどき見かけた、、、でもどんどん建物がコンクリート化して、風情という点では少なくなってきたんやね。そうそう、帰りに本屋さんで、「月と六ペンス」購入。モームが惚れ込んだ画家ゴーギャンがモデルやったんか。ゴーギャン、10代の頃好きやった人です。

『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』タヒチで描いたゴーギャンの作品

ぼくは自分の部屋の左上部壁にこの言葉を呪文のように書いた。最近発見したモノクロ写真には、文字は映ってないけど、描いた油絵が・・・048 青春の記念にアップしとこ^^

049 去年やったか友人のI君から、「あの壁画はどうなった?」って聞かれて、ハッとして思い出した、色もかなりの原色で、19歳頃の情念と野生の叫び!?もう残ってないけど、自分の深部心情をのぞいたって感じ^^

ぼくの『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』改めて自問やね。

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2011年2月 4日 (金)

如月のカレンダー

2_006 孫二人から送られてきました。上の絵の部分だけアップ。如月やなんて、このころから知るのかな~^^豆まきに加えて、バレンタインチョコのイメージも・・・あげる友達が決まっているらしいゾ^^2_005

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2011年2月 3日 (木)

庚申街道@阿倍野ターミナル

016 先日の四天王寺南大門巡りで知った庚申(こうしん)堂、そして思い出した庚申街道ですが、JR天王寺駅から近鉄阿倍野駅を貫いて残されていることを知り、改めて歩いてきました。

JR天王寺駅の北側から回り込むと、地下道の入り口があってこれは阪和線の下をくぐっています。003

地上に出ますと、今度は陸橋で、大和路線や環状線をまたぐかっこうになります。タクシーや自転車、歩行者など、昔からよく利用されていますね。010

渡りきると天王寺ミオの南側で、国道を渡れば近鉄の東口。「庚申口」とも表示されています。もう薄れてきた「庚申街道」の証しです。022

ゆるーい階段をおりて、成城石井とマツモトキヨシの間の地下通路を抜けると、またゆるーい階段で地上に上がります。このスロープ階段に旧街道という意味付けをしたのでしょうか。014

最初の写真がその途中に見つけた「庚申街道歴碑」です。地域と鉄道会社が街道を残した、ということで、何か歴史の重みをこのスロープ階段に感じてしまいました。

ただ、両側の狭いレーンは自転車用で、何台か押している人をみかけたから、実用的なスロープでもあったのですね^^

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