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2010年4月 2日 (金)

中之島図書館にて

0021 久しぶりに中之島図書館に行ってきました。

最近M君から大阪の古い地図とか、資料がいろいろあるよと聞いたし、調べたいこともあったし、高校時代に自習しに行って以来、ン十年振りになります、初めてみたいな気持で入ってみました。

ギリシャ風のコリント式円柱に囲まれた重厚な玄関です。満開の桜を前景に撮ってみました。大阪でこれくらい格調の高い石造り建築は余りありません。明治37年に住友さんが寄付したものです。

階段のある内部スペースは、吹き抜けのドームです。ヨーロッパの教会のような造りで、素敵な模様、そして天辺にはステンドグラスが見えます。0051_2

2階に上がると、大阪の古い貴重な資料が沢山キャビ ネットに収められています。ずーっと見ていて、「靭(うつぼ)」という文字を見つけました。今の靭公園の「靭」です。

その冊子「靭地誌編纂草稿」をちょっと見せてもらいますと、明治12年の手書きのもので、どのようにして昔の靭の塩干物市場が出来ていったか、ということが書かれていました。

この内容自体は、大阪の歴史書でもすでに活字になっていて目新しいことではありませんでした。大阪の市場が、もともとあった天満界隈から、海産物の鮮度の関係で、より海に近い港へと2度の移転により現在の西区にたどりついたということで、「雑喉場(ざこば)」すなわち中央卸売市場の歴史とも重なるようです。

一度目の移転(元和元年)は、今の中央区今橋1丁目にあった東横堀浜でした。ここも靭町と呼んでいたそうです。二度目は元和八年(1622年)と記録にあります。

靭というのは、矢の筒のことを意味するそうです。地誌によれば、その昔、太閤さんが大阪市中見物の際に、市場の「安いよー、やすいよ」という大きな掛け声を聞きつけ、「やすい、それは良い、やすいというのは靭のこと」と言われたことから、ここを靭と名付けたそうです。

やすいというのは、矢が休んでいる、戦争がない平和な状態で、矢が矢筒に収まっていることですから、靭というのは深い意味があるんですね。

また、天満など大阪城の周辺にいた商人は、太閤さんの大阪築城にあわせて伏見城下から移住したとの史実もあるようです。

我が家とも係わる大阪商人の歴史を、ちょこっとだけ散歩してみました^^

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コメント

なるほど~
すごい勉強になりました!

図書館で勉強するって、いいことですね~

投稿: canae | 2010年4月 2日 (金) 12時10分

>canaeさん
いやー、なんか学生時代に戻ったみたいです。

結構熱心な方がいて、研究や勉強にいそしんではりました。

図書館もたまには面白いですね^^

投稿: おだまき | 2010年4月 2日 (金) 15時44分

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